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東京高等裁判所 昭和55年(う)318号 判決 1980年10月07日

被告人 金子瑞徳

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中二〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人谷川浩也、同樋口一夫並びに同西田雅江が連名で提出した控訴趣意書及び同補充書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事今野健の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意中法令適用の誤りを主張する点について

所論は、原判決が被告人に対して監禁致死の罪責を肯定したのは、刑法上の因果関係の判断を誤つた結果法令適用の過誤を犯したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。すなわち、まず、本件のように通常人が寝ている時刻に侵入して来た窃盗犯人を一般人が現行犯人として逮捕した場合に、逮捕者が犯人を警察官等に引渡すのを朝になるまで遷延することが許されないというのは疑問である。特に、本件においては、逮捕者において右犯人から過去に蒙つた窃盗被害の弁償を求めるなどの必要があつたものであるから、かかる格別の事情が存在したことを考慮に加えれば尚更であつて、被告人らの本件所為についてはこれを監禁罪に問擬する余地はないというべきである。また、天野が飛び降りた当時被告人は就寝していた事実や、被告人と土屋ひろみ及び朱金鶯との間に共謀関係があつたとか、そのうえで同女らが天野に対する見張り行為をしていたとかいうことを認めるべき証拠は全く見当らない事実とか、天野が当時三階の窓から飛び降りなければならない程恐怖していたという原判示事実を裏付ける証拠が存在しないばかりか、当時同人に対しては覚せい罪取締法違反の嫌疑で逮捕状が出ていたので、同人は被告人らに警察へつき出されることを回避するためか、もしくは、覚せい剤の常用者であつたところから、その禁断症状により通常の事理弁識能力を失つていたために、右飛び降り行為に及んだ疑いが濃いと考えられる事実などに徴して、被告人らの行為と被害者天野の死亡との間に因果関係の存しないことは明らかというべきであるから、被告人に対して仮に監禁罪が成立するとしても、これを超えて被害者の死亡についてまで責任ありとし監禁致死罪をもつて律するのは誤りであるというのである。

よつて、所論に徴して訴訟記録並びに証拠を検討するのに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は当夜一一時一五分ころ原判示清和マンシヨン三階三〇八号室の押入れ内に潜んでいた被害者天野賢一を発見するや、原審相被告人横田一郎らと協力して天野を部屋の中央に引つ張り出し、同人の身体をガウンの紐で縛り、その端を座卓の脚にくくりつけたりして同人を逮捕したが、十数日前にも同室において盗難被害が発生していたため、これも天野の仕業に違いないと考え、同人を逮捕した旨を直ちに警察官等に届出てその身柄を引渡すよりも同人を引続き同所に拘束し、これを追求して前回の盗みをも自供させ、その被害を弁償させた方が、他方において被告人において観光ビザで入国している台湾女性榮子こと朱金鶯らをホステスとして雇傭し、あまつさえ同女らに売春行為をさせていた事実を警察官等に探知されるのを防ぐためにも得策であると考え、茲に被告人はその場に来合わせていた横田らと共謀のうえ、前記のように身体を縛られて正座させられている天野に対し、交々原判示のように申し向けて脅迫を加え、また、後手に両手錠をかけるとともに、被告人就寝後は土屋や朱に見張りをさせるなどして、同夜午後一一時五〇分ころから翌朝午前八時ころまでの間、天野を右三〇八号室に閉じこめて脱出することを不能にしたこと及び翌朝午前八時ころに及び、被告人らの厳しい追及に耐えかねた天野が、上記拘束による恐怖等から同室内より脱出しようと企て、朱らの隙をみて、同女が換気のために開けた同室の窓から約八・四メートル下の路上に飛びおり、路面に転倒して受傷死亡するに致つたことは、いずれも優にこれを認めることが出来る。すなわち、被告人らは天野を現行犯人として逮捕したのち、同人を警察官等に引渡すのを単に朝になるまで遷延したというにとどまらず、前示のとおり、台湾女性に関する事実が警察官等に探知されることをおそれるとともに、天野に前回の窃盗を認めさせてその被害を弁償させ、内々に事を済ませようと考え、その後は逮捕した天野の身柄を警察官等に引渡す意思はなく、専ら前回の窃盗の犯行を追求し、その被害の弁償を得るために、同人に対する前記拘束を継続して同室内に翌朝まで閉じ込めたのであるから、その目的、動機及び態様等に照らして、被告人らのかかる行為が「正当行為」ないしは「社会的相当行為」として違法性を阻却される余地のないことは、原判決説示のとおりであり、仮に、その間被告人に翌日天野の身柄を警察官等に引渡す意思がなお残つていたとしても、同人に対する右のような目的による拘束の継続が正当化されえないことは同様である。

そして、天野が清和マンシヨン三階三〇八号室の窓から飛び降りた当時、被告人が同室で就寝していたことは所論のいうとおりであるが、原審証人土屋ひろみの証言等によれば、同女と朱金鶯は被告人が就寝する際、被告人から天野を見張るように命ぜられたことは明らかであつて、土屋が被告人から明朝被告人と天野がこの部屋を出てから寝るように指示されたことについて、土屋としてはこれを被告人から天野の見張を命ぜられたものと理解したというのであるが、当夜の経過や、被告人の就寝中における土屋及び朱の行動等に照らしても、被告人の右言辞はその就寝中の天野の動静に対する見張を土屋らに命じたことを前提とする趣旨であることは明らかであり、被告人の右言辞に対する前記土屋の理解に誤りがあつたとは到底考えられない。更に、天野が被告人らの行なつた監禁による恐怖等から室外へ脱出することを企てたとみるべきことは、当夜の経過、殊に脱出直前の天野の言動等に徴して疑いがない。すなわち、土屋の原審証言や朱の検察官に対する供述調書によれば、当夜同女らが天野の動静を見張つていた間に、天野は同女らに対し、明日天野において被害弁償ができなかつたら同人は被告人に殺されるかも知れないとの不安を述べていたというのであり、また、被告人が寝返りをうつ度にあわてて居ずまいを正したり、用便を二度も訴えながら被告人をはばかつて結局これを抑制していたことが窺えるとともに、一方、この点につき、主要な共犯者である横田もその検察官に対する供述調書において、天野はおそらく約束通り金を返せる見込がつかず、もし返せなければ自分らにどんな仕打を受けるかと考えて追いつめられた気持になり、また、あのように縛られているのが辛くて飛び降りたものと思う旨供述しており、被告人自身すら同人の司法警察員に対する昭和五四年一〇月二六日付供述調書中で、天野が飛び降りたのは被告人ら多勢に暴行や脅しを受けたうえ、手錠をかけられて監禁されたことに関係があることは間違いないと述べていることを考え合わせれば、天野が被告人らの行なつた右監禁による恐怖等から室外脱出を企てた旨の原判示事実は、これを裏付ける証拠に缺けるところはないというべきである。なお、当審における事実取調の結果によれば、当時天野に対しては覚せい剤取締法違反の嫌疑による逮捕状が発布されていたことが窺えるから、同人としては被告人らによつて警察官等に身柄を引渡された場合に、右事件の関係でも取調べられる懸念を有していたことも考えられないではないが、当夜の経過、殊に脱出直前における天野の前示言動等によれば、少なくとも同人の飛び降りの直接の主要な動機が本件監禁による恐怖であつたと認めるべきことは、動かし難いところであり、また、天野が覚せい剤常用による禁断症状のため、事理弁識能力を失つて飛び降り行為に及んだという主張の如きは、これを認めるべき証拠が存しないばかりでなく、右飛び降り直前における同人の言動等に照らしても、到底考慮の余地のない強弁といわなければならない。

以上のような事実経過が明らかであつてみれば、被告人らの天野に対する当夜一一時五〇分ころ以降の身柄拘束は刑法に定める監禁にあたり、右監禁と同人の死の結果との間に因果関係の存することも明白であるというべきであるから、原判決が被告人に対し監禁致死罪の成立を認め、該当法条を適用したのは正当であって、所論のような法令適用の誤りは存在していないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中事実誤認を主張する点について

所論は、原判決には本件監禁の違法性、共謀及び態様等の基礎となる事実について誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。すなわち、原判決が被告人らにおいて被害者の犯した前回の窃盗の被害を弁償させるべく、現行犯人として同人を逮捕したのに引続いて深夜から翌朝まで同人の身柄を拘束した本件監禁につき、これが「社会的相当行為」にあたらないとして違法性阻却事由なしとしたこと、被告人らの監禁行為と被害者の死亡との間に因果関係の存在を認めたこと、及び被告人は午前二時ころ前記三〇八号室に戻つた際に被告人らの意図を察知した土屋ひろみとも共謀し、被告人就寝後は朱及び土屋において被害者の動静を見張るなどしたと認定したことはいずれも事実を誤認したものであり、また、被告人らはいずれも捕えた泥棒が以前被告人の店舗で働いていた者とわかつて動転、興奮し、それぞれが勝手に各様に動いていたというのが真相であつて、偶々狭い部屋の中での出来事であつたため被告人らの間に共謀が存在したかのようにみえたに過ぎず、原判決の認定とは相違し被告人らの間に監禁の共謀は存しなかつたのであるから、この点においても原判決には重大な事実の誤認があるなどというのである。

よつて考察するに、被告人らの本件監禁は「社会的相当行為として違法性を阻却するものではなく、被告人らの監禁行為と被害者の死亡との間に因果関係の存在が認められることについては、既に前段において説示したとおりであるから再説しない。

また、本件監禁につき被告人らの間に共謀関係が存在したことについては、原判決挙示の関係証拠によつて認められる以下の事実、すなわち、被告人らが被害者を前示のように逮捕したのち、被告人においてまず、被害者を警察官等に引渡さないで同人を前記三〇八号室に監禁して追求し、前回の窃盗の犯行を認めさせてその被害弁償を図ろうと決意し、続いてその場に来合わせた原審相被告人横田一郎を始めとして、松澤優及び朱金鶯、更には被告人に電話で呼び寄せられた崎田三枝男らにおいて、それぞれ被告人の言動や事のなりゆきから被告人の前記監禁の意図を察知し、被告人と互に意思を通じて、被害者を追求したり、同人の頭を指先で小突いたり、平手でその顔面を殴つたり、被告人に指示されて手錠を被告人方から取寄せる連絡に走つたり、被告人が自ら手錠を持つて戻るやこれを被害者の後手に縛られた手にかけたりなどし、他方、土屋ひろみも午前二時ころ右三〇八号室に戻り、被害者が紐で手を縛られたり手錠をかけられたりしており、その傍らに被告人や共犯者の崎田らがいて、被害者を監禁し、同人を脅したり、その頭を手で叩いたりしているのを認識しながら、被告人らと意思を通じて同人らの右犯行の遂行に協力し、同人らに夜食を運ぶなどしたのち、午前三時ころに至り被告人が就寝するに際し、同人から指示されて朱とともに被害者の動静を見張る行為を分担したことが認められるから、前記共謀の点に関する原判決の認定は肯認できるとともに、その他、記録を精査しても原判決には判決に影響を及ぼすような事実の誤認は見当らないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当を主張する点について

所論は、被告人は住居侵入の現行犯人として捕えた被害者に対し、憤激の余り多少激しい言辞を放つたにしても、同人に対して殴るなどの暴行は一切加えておらず、むしろ共犯者らの暴行を制止しているのであつて、主犯というに当たらないことなどを考えれば、原判決の被告人に対する科刑は重過ぎて不当であるというのである。

しかしながら、記録を検討すれば、被告人は被害者を現行犯人として逮捕しながら、却つてその営業上の悪事が司直に露見することになるのをおそれ、むしろ被害者に前回の窃盗の犯行を認めさせて、その被害の回復を遂げるのが得策であると考え、功利的動機から同人をそのまま警察官に引渡さないで、後手にして紐で縛つていた同人の手に更に手錠をかけて、引続きほしいままに自己の支配下に置いて拘束し、その間原判示のような言辞を放つて同人を脅したり、あるいは手で小突いたり殴つたりする暴行を加えて前回の窃盗の犯行を追求し、その被害の弁償を翌日履行することを約束させたうえ、その履行を確保せんとし、約八時間にわたつて終夜被害者を監禁し、このための恐怖等から、窓から飛び降りて脱出しようと試みた同人を死に致したというのであるから、本件犯行は動機、態様及び結果のいずれの面から考えてもその責任は重大といわなければならない。殊に、被告人は最初に右監禁の犯行を決意して犯行を主導したことは明白であるから、たとえ被害者に対し手で殴るなどの暴行を自ら加えた事実がなかつたとしても、被告人が本件犯行の主犯であることは動かし難いとともに、被告人には原判決が累犯前科として掲記するもののほかにも、少なからぬ前科が存在することなどを考え合わせれば尚更というべきである。なるほど、当審における事実取調の結果によれば、原判決後被告人の妻らは被害者の遺族を探しあてて、同人らの居住する北海道に赴き、被害者の霊を弔うとともに、遺族に対し直接謝罪を行つた結果、漸く金七〇万円を支払つてその宥恕を得、同人らから当裁判所に対して被告人の刑を軽減されたい旨の上申書が提出されるに至つたことが認められるが、右金額は右遺族らが被害者の死亡に関して上京した実費を若干上廻る程度のもので、右遺族らも余りに少額であるために、当初はその受領を拒否した程であつたことを考えれば、被害者の遺族の宥恕を得ていることなど、所論主張の被告人に有利な点を斟酌しても、原判決の被告人に対する科刑はやむをえないものであつて、これを軽きに変更する余地は認められないから、量刑不当の論旨もまた理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用し、当審における未決勾留日数中二〇〇日を原判決の刑に算入することとして、主文のとおり判決をする。

(裁判官 四ツ谷巖 杉村龍二郎 阿蘇成人)

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